無衝突プラズマの乱流加熱

 

助教 川面 洋平

 

ブラックホールの周りを回る降着円盤や太陽から吹き出る太陽風など,さまざまな天体現象はプラズマによって支配されています.これらの宇宙プラズマは私達の日常生活でほとんど見られない不思議な性質を持っています.その一つが「無衝突性」です.私達の身の周りにある気体や液体は,それを構成している粒子が頻繁に衝突をしています.このため局所的には熱力学的な平衡状態になっていると近似できます.しかし宇宙に存在するプラズマでは粒子間の衝突がほとんどありません.例えば,太陽風を構成しているプラズマは,太陽から地球に飛んでくる間に一回程度しか衝突しません.そのために熱力学的な平衡状態を仮定することができません.

では,熱力学的平衡でないとどのような面白いことが起こるのでしょうか?その一つが「2つの温度の共存」です.プラズマはイオンと電子によって構成されていますが,互いに衝突することがないのでイオンと電子は異なった温度を取ります.これは私達の日常生活では見られない現象です.例えば熱いコーヒーに冷たいミルクを混ぜるとちょうど良い温度のカフェオレになります.しかし宇宙では熱いイオンと冷たい電子を混ぜても“温い”プラズマにはならないのです.実際に太陽風やブラックホール降着円盤のいくつかのモデルではイオンが電子より高温になっていることが知られています.

私の研究の目標は宇宙空間でイオンと電子の温度の差が何によって決められているのかを物理的に解明することです.プラズマを加熱する物理的プロセスは様々ありますが,中でも私は乱流による加熱に着目しています.宇宙空間でプラズマは様々な自由エネルギーによってかき乱され乱流状態になっています.乱流とは大きな渦が小さい渦に分裂していくプロセスです.どんどん小さくなっていった渦は最終的にプラズマの内部エネルギーに変換されます.これが乱流加熱です.私はジャイロ運動論と呼ばれる無衝突プラズマの運動を解くのに適したモデルのシミュレーションを行い,プラズマが乱流によって加熱されるプロセスをスーパーコンピューターの中に再現しました.その結果,乱流の中に存在する様々な揺動の種類によってイオンや電子が選択的に加熱されることが示されました.